飯田リニア通信 更新:2021/09/19

リニアトンネル工事残土置き場の危険性(長野県の場合)

 静岡自治労連の第25回地方自治研究集のリニア問題の分科会で長野県内の残土置き場について話すよう依頼がありました。スライドと話の原稿を掲載します。

※ 以下のPDFはスライドをそのままPDF化しました。背景の色が黒や紺色のページがあります。印刷される場合、多量のインクを消費すると思いますのでご注意ください。

スライド(PDF 16.8MB)


2020年9月19日:第25回地方自治研究集 リニア分科会報告の原稿

リニアトンネル工事残土置き場の危険性(長野県の場合)

 1961年、昭和36年6月に、当時は梅雨前線豪雨といわれましたが、豪雨による土砂災害が、ちょうどリニア新幹線の通過する地域である、長野県南部の伊那谷の各地でありました。三六災害と呼ばれています。134名の犠牲者が出ています。1715年の「ひつじ満水」以来250年ぶりの災害といわれました。その記憶が受け継がれているので、谷や沢にリニアの残土を盛り土処分することについて心配する住民が多いのです。また、地質や土木の専門家も、削れてできた谷に盛り土することは自然の摂理に反することといっています。盛り土した谷で、災害の時に崩れる土石の量というのは谷の斜面の表層の分だけです。それでも大きな災害になる。ところが盛り土はその何十倍、何百倍以上なのです。

 これは、主な残土の処分地です。まだ確定していないものもあります。このほかに公共事業で活用するものもあります。ただし、発生する残土の全部を処分できる見込みはまだありません。地図の中央付近に緑色の丸印で示したのが豊丘村の小園地区の残土置場です。これは計画が中止になったところです。

 豊丘村の小園地区では、上流の地区の住民の要望で2つの谷に合計約52万㎥の残土が置かれる計画が持ち上がりました。リニアのルートがすぐそばを通り、伊那山地トンネルの坑口とは至近距離にあります。JR東海にとっては条件の良い場所でした。しかし、沢の下流の直下に集落があります。沢に土地を所有する地権者の中に沢の下流に住む人もいました。これらの沢は土砂流出防備保安林の指定があります。現在は長野県により谷止工など対策が行われています。残土を置いた場合これらの対策をする根拠である土砂流出防備保安林の指定はなくなります。熱海の例でも話題になっている通り、盛土が流出するなどして、何らかの損害が生じた場合は地権者の管理責任が問われます。そのような仕組みを地権者が理解していたこと、またこの地区では三六災害で犠牲者が出ていましたから、住民の7割の反対署名を集め村長に候補取り下げを求め、JR東海は使用を断念しました。2016年の6月のことです。処分場所が集落に近いとはいっても、住民の間の土砂災害に対する危機意識が高いことを示す例だと思います

 同じ豊丘村の本山の処分地は、残土の出てくる斜坑口よりさらに山奥にあります。一級河川・虻川の支流のサースケ洞のまた上流のジンガ洞を埋める計画です。

 面積約9.3ヘクタール、長さ800m、最大幅350m、受入れ土量130万㎥という大規模なものです。高低差は約130m。ここは、約10㎞下流の天竜川との合流付近まで集落や人家はありません。しかし、三六災害では、山奥で起きた斜面崩落などで生じた土砂が最下流まで流れ、川底を埋めたので、床下浸水や床上浸水の被害が出ていました。本山の場合は土石流が直接に集落を襲うようなことは想像にしにくいのですが、土砂はかなり長い距離を流れるものなので河川の氾濫の被害の危険はあります。また虻川との合流部分に天然ダムができる可能性もあります。これは、保安林解除について審議する森林審議会でJR東海が示した三六災害の被害状況を示す図です。黄色の円内に虻川の下流での氾濫が示してあります。

 赤いシミのようなものがたくさんありますが、これが三六災でおきたがけ崩れです。JR東海は予定地の辺りはではほとんど被災していなかったことを示そうとしたのでしょうが、周囲の相当カ所でがけ崩れが起きていたことが分かります。この図のおおもとの図は1991年に伊那谷自然友の会が三六災害30周年に出版した『伊那谷の土石流と満水』の附録の「伊那谷中央部の災害被害基礎資料図 ~三六災害履歴と断層図」だろうと思います。元の図によれば予定地内に2本の断層が描かれています。

 残土が置かれるのは本山のジンガ洞という谷です。現地の工事前のようすです。計画地の縁をはしる林道。風化しやすい花崗岩地帯です。斜面から崩れた砂や石が道路の両側に寄せてあります。非常に崩れやすい谷で、斜面は落葉広葉樹が生えていますが、針葉樹は大きくなる前に倒れてしまいます。それでも、谷止工など砂防対策はされているので、最近この谷で災害があったということは聞きません。今回、水源涵養保安林の指定が解除されたのでこれまで行われてきた対策は行われなくなります。

最上部から水が流れています。

計画地の縁になる林道から谷をみおろしたところです。画面の右側、木の間からみえる斜面がくずれた花崗岩の砂で白っぽく見えています。

これは谷底です。砂防えん堤があるので平坦部ができています。

谷底からみた小さな支流。

この砂防えん堤(谷止工)は1970年ころ建設されました。完全に埋まっています。

水源かん養保安林の指定がありました。

 JR東海が計画している谷埋め盛土が安全に設計されているのかどうかということが問題なのですが、これが平面と縦断面の概略の図です。地下には盛り土内の水位を下げるために穴の開いたポリエチレン製のパイプを埋めます。下の縦断面図では盛土が滑るのを止める埋設工という小型の砂防堰堤のようなものもあります。地中の排水パイプなどの機能や性能が将来低下した場合、具体的には特にパイプがつまった場合が問題になります。右のほうに見える赤丸は将来施設の機能が低下した時に水抜きに使うための集水井戸です。これ以外の場所は盛土の各段の法面からパイプを入れて水抜きを行うとの説明です。

 次は横断面、谷底に排水パイプがあります。

 地中の水抜きパイプは谷筋に沿う形で多数の枝分かれを設置すると言っています。

最後は緑化をします。

 長野県林務課は、本山の盛土については、高さ15mを超えるので、安定計算をしてもらったと説明しています。JR東海は長野県林務課の指導に従って『道路土工・盛り土指針』(H22.4 日本道路協会)に基づいて設計したと説明しています。谷埋め盛土についてなにか基準とかそういったものがあってそれに従って設計したというなら納得しやすいのですが、『道路土工・盛り土指針』なのだそうです。JR東海の「豊丘村内発生土置き場(本山)における環境の調査及び環境影響検討の結果」について、長野県は、「地震時の安定性の解析について『道路土工・盛り土指針』(H22.4 日本道路協会)に準拠して行っているが、当該指針は原則としてバイパス・現道拡幅等の新設、改良、維持管理の事業及び既設の道路の局部的な改良を対象としており、山間地の谷埋め盛り土を想定して作成されたものではないと考えられる。そのため三次元解析などの手法により、下流域の住民にとって安全な施設となるよう検討すること。」との助言をしています。JR東海はJR東海は「必ずしも三次元解析による結果が二次元解析による結果より、適切な数字がでるものではありません」と対応方針で述べています。県の助言は、三次元解析をして見せたなら住民は納得するんじゃないですかと言って言うようなものなのですから、また、安定について確たるものを持って設計したなら三次元解析であっても良い結果が示せるはずです。住民としては納得できるものではありません。

 これは、昨年の7月豪雨で路肩が欠損した豊丘村内の道路です。小さな谷を超える部分ですが、橋ではなく、盛土になっていました。その盛土の法面が一部崩れました。平成22年版の『道路土工・盛り土工指針』ではないにしても、何らかの基準とか指針に沿って建設されたはずです。それでも崩れている。この程度の道路の盛土でも崩れることはあるわけで、『道路土工・盛り土指針』を援用したので大丈夫というわけではないと思います。

 これは、復旧後の様子です。

 虻川本流に日向山ダムという砂防えん堤があります。

 このダムの容積がどれくらいあるか、本山の残土置場とイメージ的にどんなものか比べるため県の関係部署に電話で問い合わせました。担当者は逆になぜそんなことを聞くのかと尋ねました。虻川の支流に130万㎥の盛土をする計画があると聞いたのでというと、彼は即座にそんなことは想定外ですと言いました。つまり、虻川の治水の計画は流域の谷でそのような大規模な開発行為が行われることを想定していないという意味だったのでしょう。計画貯砂量というらしいですが、日向山ダムの容積は約10万㎥とのことでした。えん堤が満杯になると、計画貯砂量の10%程度はダムの水平な部分の一番上流のほうで止めることができるようです。日向山ダムは今から13年まえに完成。現在砂が満杯になっています。日向山ダムに本山の残土が流れ込むことはありませんが、虻川は全体について、一定の年月にどれぐらいの土砂が流れてくるという想定があって、それは、130万㎥というような規模のものは論外のはずなのです。1パーセントが崩れたとしても、砂防施設の能力を超える可能性があります。村や地権者も下流に新たなえん堤を入れるなどの対策が必要なことは認めているのですが、具体的な計画がないままで、工事ははじまっています。

 計画地の地権者は、生産森林組合から組織変更をした本山認可地縁団体です。地権者も村も用地をJR東海が取得して、JR東海が将来にわたり管理する方向で協議をしています。つまり、管理し続けなければ安全は確保できないことを認めていることになります。保安林指定の解除の諮問を受けた森林審議会の保全部会のおり、取材を受けた部会長はこんなことを言っています。

 「安定化のため、さまざまな施策が進められている。説明どおり行われるなら専門家の見地からは問題ないと感じた」と評価。一方で「不安を感じている住民への丁寧な説明と、造成後の維持管理の継続が重要。約束通り行われないようなら地元から声を上げて」と述べた。(『南信州』2020年6月10日)

 住民に下駄を預けるような言い方です。解除は適切など答申すべきでなったはずです。保全部会は、午前中に初めて現地を訪れ、午後審議をするという日程でした。

 本山の残土置場の工事の様子です。谷底に配置する排水パイプが設置されています。まず谷底に仮設の道路をつくって一番下流側に調整池を作る計画です。

 これは、大鹿村の入谷(にゅうや)という地区の地滑り対策の集水井戸です。こんな構造で地中の水位を下げます。これは、昨年7月の豪雨でおきた地滑り現場です。ここを通らないと南アルプストンネルの除山斜坑や釜沢斜坑に行けません。大型車両が通れない、支保工や粉セメントなどは大型車で運びますから、半年トンネル掘削が止まりました。斜面から排水パイプを入れるのは、盛土の危なくなった時の対策と同じで、ここまで必要なら谷埋め盛土などしない方が良いはずです。

 大鹿村では、鳶ヶ巣崩壊地という落差550mの大崩壊地の直下に約30万㎥の残土を盛土する計画があります。この場所は南アルプストンネルの小渋川非常口とリニアの電力変換所の予定地の対岸です。7月29日の『静岡新聞』が取り上げています。こんなことを書いています。

 護岸工事の安全性を議論する村の技術検討委員会の委員長を務めた土屋智静岡大名誉教授(68)は、盛り土は排水処理や浸食対策の検討を経て「これまでに経験した災害には耐えられる設計になった」と強調する。ただ、「崩壊地の末端に盛り土工をするのは本来は良くない」と地山が崩れた場合の被害の可能性に言及した。

 同じ検討員会の平松晋也信大教授は、『信濃毎日新聞』の取材に対して、小渋川沿いは複数断層が走り地形が急峻で地盤が弱いので、一気に崩壊した最悪の事態を考えてやってほしいと指摘しています(『信濃毎日』2019年5月13日)。

 こちらはまだ結論は出ていないようです。計画が出てきた当時の村長から、現在は新しい村長にかわっています。大鹿村の担当者や村長が、検討委員会の報告書とこれらの新聞記事を合わせて読めば、中止という判断をせざるを得ないはずです。

 残土を公共事業に活用すると言えば聞こえは良いのですが、実際にはその事業が本当に必要なものなのかどうかということもあります。高森町では工業団地を拡張するために天竜川沿いの水田地帯約10ヘクタールをトンネル残土15万㎥を活用し造成する工事を現在行っています。これからの時代に工場を誘致してという発想がまず古いといえます。むしろ農業に重点をおくべきで、町の方針でもそれを掲げています。実は工業用地とするまえに、まずJR東海がリニアのガイドウェイ、鉄道でいうとレールにあたる部分ですが、その組立・保管施設として8年~10年程度使うことになっています。町は、将来的にはJR東海に買い取ってもらいたいというようなこともいったりしており、まったく場当たり的な印象が否めません。もともと河原であった土地は地盤が緩く工事の用地としては適していないともいわれます。また近年の水害では川岸に立地する工場が被害を受けた例が数多くあります。この場所は、まさに三六災害で天竜川の濁流が流れ込んだ場所でもあります。

 まとめになりますが、

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